タイトル



2018年5月19日(土) - 20日(日)
場所 : 清洲城 (愛知県清須市)

 
 

信長の超長槍(約6m)を再現、現代によみがえる戦国!
迫力ある槍の集団戦を展開!!

永禄3年5月19日未明、織田信長が清洲城から出撃した「桶狭間の戦い」
それから約450年後の同じく5月19日、および5月20日、その清洲城にて合戦を再現!!
ガチで戦うので、両軍の勝敗は終わってみるまで判りません。
史実どおりに信長軍が勝鬨をあげるのか?! それとも今川軍が史実をくつがえすのか?!

 
 

おかげ様で、当イベントは無事に終了いたしました!
参戦なさった方、観戦にいらした方、ありがとうございました!!

今回の結果は……?? >> ただ今 作成中!

 
 


ガチ甲冑合戦

 
 

ガチ甲冑合戦とは?

 

ガチンコで甲冑武者たちが戦う「ガチ甲冑合戦」は、国内外の武術家や格闘家を中心にして 日本甲冑合戦之会 が行うリアルな合戦再現イベント。
集団戦や一騎討ちなどが行われ、公募による一般参戦者も含めた100名~200名が、戦国時代さながらに激突します。

ガチ甲冑合戦


一般参戦者は槍隊の将兵となり、敵の置楯を槍で倒し陣形を崩します。体に槍が当たらないよう安全に配慮されてはいますが、毎回激しい攻防戦となっています。

実際に槍を合わせる集団戦や一騎討ちなどは、武術家や格闘家たちがガチンコ勝負でおこないます。


勝敗に関しては筋書きナシのガチバトルなので、歴史どおりの結果とならないことも多々あります。

 

 

甲冑着付け

 

甲冑ちゃんばら

 

「ガチ甲冑合戦」に劣らぬ人気を誇るのが、甲冑ちゃんばら。
当初は子ども版だけでしたが、熱い要望にお応えして大人版も登場しました。

甲冑を着て、本気のちゃんばらを楽しみたい!
そんな方にオススメの参加コンテンツです。

 

甲冑ちゃんばら



イベント概要


国際ガチ甲冑合戦フェス

清洲城 桶狭間の戦い

 

開催日 2018年5月19日(土) - 20日(日) 雨天決行
 5月19日(土):甲冑ちゃんばら
 5月20日(日):ガチ甲冑合戦「桶狭間の戦い」
場 所 清洲城
 〒452-0932 愛知県清須市朝日城屋敷1-1
 最寄り駅:名鉄 名古屋本線 新清洲駅 (徒歩15分)
      JR 東海道本線 清洲駅 (徒歩15分)
       ※きよすあしがるバス オレンジルート
 ※雨天時会場:清洲小学校体育館

 
観戦料 無料
※観戦は予約不要です。直接ご来場ください。
主 催 国際武術文化連盟
日本甲冑合戦之会 (ガチ甲冑合戦)
 ※お問合せは こちら
後 援 愛知県・清須市
一般社団法人 全日本イベント連盟
協賛/協力 (順不同) 株式会社JTB
名古屋鉄道株式会社
スーパーヨシヅヤヨシヅヤ
伊勢・安土桃山城下街伊勢・安土桃山城下街
ポスター ポスター
※クリックで拡大します
観戦にあたって 本イベントに関して、
・主催者側で、動画・写真撮影したものを公開する事があります。
・観戦時の写真撮影、およびSNSへの投稿はOKです。どうぞ拡散してください。
・ただし動画撮影は、自宅鑑賞等の個人的な利用目的以外は禁止です。
 SNS等での無断公開などがあった場合は、損害賠償責任が生じる事があります。
・ドローンによる撮影は、写真・動画を問わず禁止です。
・ロープで区切った合戦エリア内は危険です。絶対に立ち入らないようお願いします。
・メディア関係の取材等は、日本甲冑合戦之会までお問合せください。

 
 

史実の「桶狭間の戦い」

 


桶狭間の戦い が起きるまで

 

諸説ありますが「桶狭間の戦い」は、織田家と今川家の領土争いが発端です。

信長の父・信秀の死去により信長が家督を相続、そのお家騒動の最中に、織田領の「鳴海城」「大高城」「沓掛城」などが今川方の手に渡ります。
それら敵方に渡った城の付近に信長が砦を整備し、それによって孤立した「大高城」へ今川方の松平元康(後の徳川家康)が兵糧を届けた「大高城の兵糧入れ」が、「桶狭間の戦い」の発端になったと言われています。


桶狭間の戦い合戦図

 

ガチ甲冑合戦では?

 

丸根砦の攻防戦

 

その、ゆかりのある清洲城で「桶狭間の戦い」を ガチ甲冑合戦 で再現します。

信長役による「敦盛の舞い」や、東海地方の古くからの慣習「菓子播き」になぞらえて本物の古銭をふるまう「銭振る舞い」など、合戦前にも楽しんでいただける催しを予定しています。

そして実際に参戦する一般参加の皆さんには、「5~6m長槍 vs 3~4m槍」を実践していただきます。

桶狭間の戦いの流れ




今回の見どころ

 

火縄銃が装備された時代

種子島に2挺の鉄砲が伝来したとされる1543年から17年、桶狭間の戦いの頃には、すでに火縄銃が各地の大名に普及されており、織田軍、今川軍ともにある程度の火縄銃を装備していた、との説を今回はとっています。
しかし火縄銃の最大の敵は雨。桶狭間の戦いでの豪雨に、両軍はどう対処するのか。

また、身の丈ほどの大弓や、当時の戦いでの常套攻撃手段である印地打ち(投石)も、遠戦の見どころです。

 

5~6m長槍 vs 3~4m槍

織田軍は長柄槍隊を編成し、5~6mの長柄槍を再現。今川軍は、3~4mの槍で対抗します。

戦国時代の長柄槍を再現して集団戦を行い、歴史的検証を試みるイベントは、これが初めてとなります。